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看護への考え方

弘善会
矢木脳神経外科病院
〒537-0011
大阪市東成区
東今里2丁目12番13号
TEL:06-6978-2307(代表) 

気持ちに寄り添うことが看護だと気づいた出来事

若いがん患者さまとの出会い
私がまだ新人看護師の頃の話です。勤務する病棟に、肺がんの27歳の男性患者さんが入院してこられました。当時はがん告知をすることは殆どなく、その方にも病名は伏せている状態でした。主治医は患者さんに「手術をしたら治る」という説明で開胸したものの、腫瘍は取り除ける状態ではなく、何もせずにそのまま閉じて手術を終えました。
術後も咳きが持続し、臥床できないほどの呼吸困難と状態は悪くなる一方。精神的にも不安定になったその方は、看護師が訪室するたびに「手術をしたら治ると聞いたが、一向に良くならないのはなぜなのか?」「僕の本当の病名を教えてくれ」と詰め寄ります。看護師は言動を一致させるため、質問に対して容易なことは言えず、そのうち、看護師たちはその部屋に入ることが苦痛になっていきました。

気持ちに寄り添うことが看護だと気づいた衝撃
私が夜勤の時のこと。部屋を回りながら、その方の部屋の前で私の足は止まりました。「部屋に入りたくないな・・・眠っていてほしいな・・・」と思いながら、そっとドアの隙間から部屋をのぞくと、その患者さんと目が合ってしまったのです。「しまった・・・」「入るしかないか・・・」そんな気持ちで立ちすくむと、その方は私に向って手招きをされました。そして「もう何も聞かないから、そばに居てほしい」と一言・・・。
私はベッドサイドに行きましたが、話す言葉が見つかりません。声をかけることもできず、重い空気が流れる中で、患者さんは、ポツリと「座って背中をさすってほしい」と言ってくださいました。私は救われたような気持ちで患者さんの背中を一生懸命さすると、穏やかな表情で「ひとりでいると不安だし、寂しいんだ・・・」と。そして「楽になった。ありがとう」と言ってくださいました。27歳という若さで残された時間を悟ったその方は、どれほど不安だったことでしょう。そんな気持ちに寄り添うことが看護だと気づいた衝撃を、今も忘れることができません。

寄り添うためには知識が必要
私は学生時代「傍にいることも看護」ということを学びましたが、その時、初めてその言葉の意味が解りました。そして、看護師の手のぬくもりが、患者さんを救う大きな力になることを実感したのです。何も出来なかったとしても「その人の力になりたい」という思いを寄せて、患者さんに触れることで患者さんを救うことができる。それが看護の手の力であり、看護の基本だと、私はその患者さんから教えていただきました。
それからは、まずは患者さんに近づこうという気持ちで看護をするようになりました。そして「何とかして差し上げたい」と思うほどに、自分の未熟さが歯がゆくて、自ら勉強するようになりました。
「傍にいることも看護」ですが、ただ傍に座っているだけでは看護にはなりません。「楽になって欲しい」と願いながら心を寄せ、看護の手と眼で観察し、患者さまの心を癒しながら、異常を見つけ、必要なケアを施すことが看護であり、それには知識が必要なのです。

自ら学ぶ姿勢を育ててきたい
急性期病院の当院では、危機的な状況におかれた患者さんの心に寄り添える感性を重視して教育しています。そして、患者さまに安心して身を任せていただくためには知識が必要だということに気付き、自ら学ぶ姿勢を育てることを強化したいと考えます。
そのためには、自らの看護を語り、看護を振り返る機会をつくることが大切です。これからは看護を語る機会を意図的につくりながら「心」と「知識」がともに育つ環境づくりに取り組んでいきたいと考えています。



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